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~創世の時~
光輝龍と暗黒龍との戦いがいつ始まったのかは、誰も知らない。
その地に人の営みがあったとき、
それは既にあり、災禍をもたらしてきた。
あるいは抗い、あるいは従容とし、あるいは殉じ。
――伝承にその名が伝わる幻の国。
両者の争いより束の間の平和を勝ち取ったと言われている。
だがその国も、今では過ぎし日の憧憬の徴でしかない。
「昔々、人々は幸せに暮らしていました。」
だがその幸せな国も、結局は滅びたのだ。
光輝龍と暗黒龍は、あるものを求めて争っていると言う。
大地に恩寵と豊穣をもたらすとされる三柱の神、
すなわち「創神」、「姿神」、「音神」――
三柱の力をひとところに揃え得た者は
世に覇をなす、とされている。
一説によればかの国は
三柱を揃え得たのではないか、とも言われている。
無論、人々にとっては与太話の類でしかない。
希望としてすがるには、それはあまりにも儚な過ぎた。
だから。
「我、創神と共に在り! 人よ、今こそが立ち上がるときだ!」
民が、勇者のその言葉を耳にしたとき、
果たしてどれだけの人が心の底からの希望を見出しただろうか。
勇者は道を示すより他なかった。ゆえに、示した。
勇者と少女の出会いが奇跡の始まりだった。
二人が共に立ったとき、彼女には様々な感情が向けられていた。
驚嘆、奇異、賞賛。
あるいは――嫌悪。
彼女は、明らかに異質な存在であった。
「ひたすらに歌う」のだ。あらゆる言葉を、旋律を。
何を思い、歌うのか。多くの人々が推測した。
だが、彼女は柔和な笑みを返すのみ。
数多の人々が、彼女へ歌を託した。
或いは、それは人々と彼女との間にのみあった。
或いは、それは多くの人を惹き付けた。
真に透明な声、と呼ぶべきだろう。
彼女は決して自らを表現しない。
「こうあってほしい」という人々の願望すら、
何一つの意図も介在させずに歌い上げる。
人々は気付く。その歌の向こうには、また我々がいる。
本来繋がり得なかったはずの彼我を、歌が繋ぐ。
生み出された多くの歌が、比類なき力を呼ぶ。
脅威におびえるばかりであった人々が、
自らが持つ絆の力を知った。
絆の力は、海を割り、山を砕き、
ついには、圧倒的な力を持つ龍たちを退けた。
勇者は王となり、
ついに人々は、己が居場所を手に入れたのである。
邂逅歴7年2月1日、その国は産声を上げた。
改元の折、王が紀元に選んだのは、
少女との出会いを果たした奇跡の日であった。
人々は新たな絆を紡ぎだす。
すべてを美しき物語として語るわけには行くまい。
しかし、その美醜すべてがない交ぜとなり、
新たな歌を、絵物語を世に示す。
浮かび上がるのは、人々の想いからなる無数の灯火。
あたかも星空が腕の裡に宿り来たかのごとき世界が、
王の眼前にはあった。
だが一方で知っている。
それは強固であると同時に、あまりにも脆いものだ。
王は言う。この瞬間は始まりに過ぎないと。
龍たちとの戦いは、これからも続くことだろう。
だが、王は確信している。
ここからの日々が人々を更なる高みへと導くであろうことを。
王国立志伝 第1章2節より抜粋
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